2015年11月09日

少年A・黒子のバスケ・サイファなき社会(第55回 蔭山ゼミ 11月15日)


酒鬼薔薇聖斗を名乗り児童連続殺傷事件を引き起こした少年Aが、今年6月に『絶歌』を出版し話題を集めました。その後、『存在の耐えられない透明さ』というサイトをオープンしたり、有料ブログが閉鎖されるなど話題を集め続けています。

少年Aと同じ匂いのする事件に、黒子のバスケ事件があります。犯人の最終意見陳述はA4で44枚にも及ぶ膨大でロジカルなもので、極めて知性の高い人物が、支離滅裂な事件を引き起こした不可解なものでした。
この2つの事件は、決して特殊なものではなく、同じ社会的原因から生み出されており、それは近年急増するスピリチュアルカウンセラーとその信者、自己啓発ブーム、ひきこもり、主体性のない若者、逆に主体性の強すぎるわがままな若者の存在などにも、大きな関係があると考えられます。

その社会的原因となるのが、サイファの欠如です。

サイファは社会の向こう側にあるので、社会変化の影響を受けません。通常の社会では、このサイファが機能しているため、生きることに対する漠然とした不安の大部分をサイファが肩代わりしてくれています。
しかし、サイファが欠如すると社会の変化に自分を適応させようと躍起になるため、終わりなき適応に疲れきってしまいます。

今後社会はより大きく早く変化していきます。TPPを代表するグローバル化、多様化の時代にあって、私たちはどう生きていくべきか、サイファは大きなヒントになり得ます。

今回のゼミでは、私の師でもある宮台真司の『サイファ覚醒せよ!』を題材に、サイファとは何か、サイファが社会にとってどのような武器になるのか、サイファなき社会においてなぜスピリチュアルや自己啓発が必要になるのかを考えます。
場所はコムニスのオフィスで、11名の募集(予備席2、スタッフ込みで15名)です。席が少ないのでお早めにお申し込み下さい。

【日時】11月15日(日)13-18時 終了後、懇親会。
ご興味のある方ご連絡ください。
http://www.communis.jp/contact.html
posted by Kagege at 17:38| Comment(0) | セミナー

2014年07月28日

我々は自由なのか?フーコーの権力論について

近代において、「自由な主体とはなにか」「自由な主体を獲得できるか」は常に課題でした。自由について、フーコーはわれわれは自由に思考しているように見えて、そうではないと論じます。なぜなら、目に見えない権力が社会にはたくさん存在しているからです。
私たちはカメラを向けられているとき、そのカメラを意識してしまいます。もしこのカメラが背後にあり、そのことを知っていながらカメラを視認できないとき、私たちはいつ撮られているか分からないというプレッシャーを感じ続け、思考がカメラに支配されてしまいます。このとき、私たちは、カメラの存在は理解できるけれども、自身の思考がカメラに支配されていることは理解できていません。
この社会には、このように思考を支配してしまう権力が溢れており、われわれはその権力を認識することなく生活しています。この権力下においては、われわれは「自由」に思考することができません。
この権力の正体とはなんでしょうか?わたしたちは、この権力を克服し、自由になれるのでしょうか?
近代以降の社会において、なにが変化し、なにが問題となっているのか?その問題を権力論の視点から、議論します。
【日時】8月 3日(日) 13時-18時 終了後、懇親会。
ご興味ありましたらご連絡下さい。ゼミのグループに招待させて頂きます。そちらで詳細情報をご確認頂けます。
posted by Kagege at 21:07| Comment(0) | セミナー