2008年08月31日

ジュリアスシーザーの演説

シェイクスピアの中で、最も有名な演説の一つにジュリアスシーザーの中のマーク・アントニーの演説がある。あの有名な「ブルータス、お前もか!」の後、そのブルータスを失脚に追いこんでいく歴史を動かす大演説だ。

マーロン・ブランド演じるアントニーは本当に素晴らしい。気品にみち溢れ、圧倒的な迫力で演じられる。こういう演技ができる俳優は世界にも数えるほどしかいないだろう。



冒頭の演説を福田訳でご紹介しよう。

友よ、ローマ市民よ、同胞諸君、耳を貸していただきたい。今、私がここにいるのは、シーザーを葬る(ほうむ)ためであって、讃えるためではない。人の悪事をなすや、その死後まで残り、善事(ぜんじ)はしばしば骨とともに土中(どちゅう)に埋(うずも)れる、シーザーもまたそうあらしめよう……高潔の士ブルータスは諸君の前に言った、シーザーは野心を懐いていたと。そうだとすれば、それこそ悲しむべき欠点だったと言うほかはない。そしてまた、悲しむべきことに、シーザーはその酬(むく)いを受けたのだ……ここに私は、ブルータスおよびその他の人々の承認を得て、それも、ブルータスが公明正大(こうめいせいだい)の士であり、その他の人々とて同様、すべて公明正大の人物なればこそ、今こうしてシーザー追悼(ついとう)の言葉を述べさせてもらえるわけだが……シーザーはわが友であり、私にはつねに誠実、かつ公正であった。が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。そして、ブルータスは公明正大の士である……生前、シーザーは多くの捕虜をローマに連れ帰ったことがある、しかもその身代金はことごとく国庫(こっこ)に収めた。かかるシーザーの態度に野心らしきものが少しでも窺(うかが)われようか?貧しきものが飢えに泣くのを見て、シーザーもまた涙した。野心はもっと冷酷なもので出来ているはずだ。が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。そして、ブルータスは公明正大の士である。みなも見て知っていよう、過(す)ぐるルペルカリア祭の日のことだ、私は三たびシーザーに王冠を捧げた、が、それをシーザーは三たび卻(しりぞ)けた。果して、これが野心か? が、ブルータスは言う、シーザーは野心を懐いていたと。そして、もとより、ブルータスは公明正大の士である。私はなにもブルータスの言葉を否定せんがために言うのではない、ただおのれの知れるところを述べんがために、今ここにいるのだ。みなもかつてはシーザーを愛していた、もちろん、それだけの理由があってのことだ。とすれば、現在いかなる理由によって、シーザーを悼む心を抑えようとするのか? ああ、今や分別も野獣のもとに走り、人々は理性を失ってしまったのか!……みな、許してくれ、私の心はあの棺(ひつぎ)のなか、シーザーと共にあるのだ、それが戻ってくるまでは先が続けられぬ。(泣く)

この訳は、僕のお気に入りなのだが、冷静に読み返してみると時代劇的な古臭さを感じさせる。今なら西洋的な軽やかさをもう少し強調できるかもしれない。やる価値は十分にあるだろうから、誰か頑張らないかなぁ・・・。
この記事へのコメント
この動画は、フレージングの
役に立ちますね。

これを参考に練習がんばります!
Posted by ミツヤ at 2009年05月13日 00:32
>ミツヤさん

この英語でフレージングのコツがつかめたら本当にすごいですが、なかなか大変だと思います。

じっくりゆっくりいきましょう(@_@;
Posted by Kagege at 2009年05月26日 13:57
この部分は高校時代の教科書にでていました。国語の先生は各生徒に通常は数行づつ読ませますが、たまたまこの部分を読み始めた生徒があまりにもうまいので、先生も終わりまで朗読させました。私には、今でもその朗読が強く印象に残っています。

私は、このトリックをときどき使いました。つまり、何か不合理なことをされたとき、それを是正して貰いたいとします。まず、その人のしたことでよかったことにたいして感謝の言葉をのべます。そして、今回の不合理なことは、あなたの本来の姿ではないはずだといって是正を求めます。これでうまくいくことがしばしばありました。

なお、これを行うときもお世辞や追従は一切しません。ただ、本当のことだけを述べます。
Posted by とんちゃん at 2013年06月18日 03:21
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/174902805
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック