2012年08月18日

情報化されすぎた社会におけるパブリックスピーキングの重要性

構想日本のメールニュースに記事が掲載されました。その本文を紹介します。

近年取り沙汰される社会問題は、その解決策について専門家でさえ意見が分かれることが多い。そのため、一般人にはその中のどれが正しいか判断することはほとんど不可能である。結果として、最終的な判断は、どの意見や人物が「魅力的に見えるか」に委ねられてしまう傾向がある。

であるとすれば、私たちが話し手の立場にあるとき、どうすれば「理屈」と「思い」を「魅力的に」伝え、聞き手の行動を促すかを考える必要があるだろう。

私は「パブリックスピーキング」が、一つの有力な手法だと考えている。

パブリックスピーキングとは、単に人前で話す技術のことを指す言葉であるが、その歴史を紐解けば、人を動かすために洗練されてきたコミュニケーション術である。その特徴は、政治の分野で馴染み深い「雄弁術」とは違い、大仰なレトリックは用いずに、自然でありながら洗練された言葉遣いと身振りによって人前で話すことにある。昨年話題になった『ハーバード白熱教室』のマイケル・サンデル教授の話し方のイメージと言うと、わかりやすいかも知れない。

聞き手との間で感情や情報を共有するためには「話し言葉」が有効だ。パブリックスピーキングと弁論大会とでは、「話し言葉か、書き言葉か」という点が決定的に違う。私たちは一対一の会話では、相手に自分の言いたいことが伝わっているか確認しながら話しているが、書き言葉ではそれができない。そもそも書き言葉は、読み手が内容を理解できなかった場合、振り返ってもう一度読むことを前提にしているからだ。

また、パブリックスピーキングは普段の話し方のまま話すので、話し手がどんな言葉遣いで生活していて、どういう性格で、どのような個性や魅力を持っているのか、その人となりが自然に伝わる。ごまかしは利かないが、論理を説明することや思いを伝えることに加えて、人物の魅力を効果的に訴えることができる。

正しさとは無関係に物事が判断されるべきではないと思う人も多いだろう。しかし、情報化されすぎて、何が正しいかを判断することが難しい現代社会だからこそ、「正しさ」に加えて魅力勝負でも勝てるように努めるべきではないか。魅力を訴えるための技術としてのパブリックスピーキングは、今後ますます重要になって行くに違いない。
posted by Kagege at 22:37| Comment(0) | パブリックスピーキング